017昼間の森

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行きたいところがある、と言った玲香に「俺も行きたい」と渚が申し出たのは数十分前のこと。玲香が何処に行きたいかわからないまま徒歩で移動。途中でコンビニに立ち寄って、玲香はいくつかのお菓子を買った。

それからまた暫く歩くと、住宅街の喧噪とはほど遠い、どこか神聖な雰囲気を醸し出している森に辿り着いた。木々に囲われた数十段ほどある石段には、風が吹く度に青葉の影が揺らめいている。照り返す木漏れ日が少し眩しい。石段を見上げると、てっぺんには鳥居が見えた。

「神社?」

思わず口から溢れ出た言葉は誰にも拾われぬまま空気に溶けていった。
玲香が石段を数段上って渚を振り返る。立ち止まっていた渚に早くしろと言っているようだった。

石段を上りきると、参道の先に本殿が見えた。玲香はこの神社に参拝しに来たかったのだろうか。それならそうと言ってくれても良いだろうに。しかし、神社に来る前にお菓子を買ったのは何故だろうか。参拝するのに、お菓子は必要ないと思うが。

参道を歩いて本殿へと足を進めていると、不意に服の左袖を引っ張られた。

「そっちじゃない。こっち」

玲香が袖を掴んだまま渚を誘導する。参道から外れて左側へ方向転換する。道らしい道はなくて、褐色の地面を踏みしめて木々の間を進んでいく。

「お、おい。何処に行くんだ?」

答えはもらえないまま、渚は玲香についていく。少しして、神社の厳かな本殿とは異なり寂れて所々汚れや傷が目立つ小さな社が現われた。

玲香が渚の袖から手を離して、社にコンビニで買ったお菓子を供える。まさかお供え物としてお菓子を買ったとは思わず、ぎょっとして玲香を凝視した。

「お菓子を供えるって……ありなの?」
「その方が喜ぶから」

確信を持った言い方に、自分には見えないものが玲香には見えているのだろうか、と渚は思った。人ならざるものが見える玲香であれば、恐らくその可能性が高い。

玲香と同じものが見えないことに一抹の寂しさを感じながら玲香を見守る。その時だった

「あら、今日はお友だちを連れてきてくれたのね」
「うわあ!?」

耳元で玲香ではない少女の声が聞こえ、驚きで心臓が激しく動悸した。バッと声の方に身体を向けると、腰まで伸ばした黒髪の少女が大きく丸い黒目を輝かせて渚を見ていた。

「初めまして」

少女はにっこりと笑った。渚は、少女が巫女装束を身に纏っていることに気づく。

「み、巫女さん……?」
「そうだけど。少し違うわ」

少女は明確な答えを出さないまま、玲香の傍に立った。

「来てくれてありがとう、玲香。お友だちまで連れてくるなんて、何だか安心したわ」

ふふふ、と嬉しそうに微笑む少女の様子を見て、渚はまるで玲香の姉のようだと思った。
玲香がちらりと渚を見る。渚は首を傾げて見つめ返した。

「あらあら。もしかして恋仲だった?」
「! いや、ち、違います!」
「そうなの? 当たっていると思ったのに。わたしは勘が鋭いの」
「は、はあ……」

渚は熱くなる頬に手の甲を当てた。少女はからからと笑う。

「わたしは巫女よ。そうね。巫女だわ。巫女だったの。でも、今は巫女じゃないわ」

少女の話しぶりに、渚は眉を寄せた。どういうことかよくわからない。

「昔はね、巫女だったわ。でも、今は此処を一人寂しく見守る神様。寂しくて寂しくて仕方ないの」
「え」

神様だって? 渚は目をぱちくりとさせて少女を見る。そんな、馬鹿な。

「知らない方が幸せなこともあるわ。あなたが知っておくべきことは、その寂しくて可哀想なわたしを慰めるために、玲香が此処に通ってくれる優しい女の子だと言うことよ。おかげさまで全然寂しくないわ!」

渚は助けを求めるように玲香に視線をやった。玲香はじっと渚を見ていて、渚と目が合うとすっと目を逸らした。

「……渚にも視えるとは思わなかった」
「え」
「少し、嬉しい」

玲香が微笑む。渚が固まっていると、少女の「あらあらあら!」と楽しげな声が響いた。
確かに、少女は全然寂しそうには見えなかった。

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