カフェのポストから取り出したチラシやはがきの中に、封蝋で閉じている真っ白な封筒を見つけた。誰から届いた手紙かすぐに察して笑みが溢れる。
意外に洒落たのが好きなんだよなあ。
そんなことを言うとむっとして拗ねてしまうので直接言うことはないが、差出人である少女の普段の姿を思い浮かべると、やはり意外だと思ってしまう。
いや、意外でもないのかなあ。新しいものより、こういうアンティークっぽいものを好みそうな雰囲気はあるし。
自分で考えておいてどっちだよ、と苦笑した。
ポストの中身を持ってカフェの中に戻り、カウンターテーブルにぱさりと置いた。少女からの手紙だけはすぐに読もうと手に持ってキッチンに入る。
さて、とカウンター下の引き出しからハサミを取り出して封筒の端を切ろうとする。その時、
「なんじゃ、嬉しそうな顔をしおって。さてはあのおなごからか」
「うわあ!?」
すぐ目の前からしゃがれた老人の声がして肩を震わせた。騒ぐ心臓を落ち着かせるために大きく息をしながら、カウンターを挟んで椅子に座っているはげ頭の老人――ぬらりひょんを睨み付けた。
「じいさん! いつも言ってるけど、あんま驚かせんなよ」
「ひょひょひょ。お前さんは相変わらず気の弱い」
「じいさんがいきなり現われるからだろ……」
「いきなりではないぞ。お前さんがかふぇを出る前からここに居たからのう」
飄々と笑うぬらりひょんに思わずまじかよ、と呟く。
ぬらりひょんが初めて来店したのはいつだったか。何が気に入られたのかはまったくわからないが、何度も何度も足を運んでくれる。それは良いのだが、何回来られても声を掛けられるまでぬらりひょんが来たことに気づけた試しがない。
「で、あのおなごかの」
ぬらりひょんがにやりと笑って聞いてくる。ぬらりひょんが言うあの女子とは、まさに手紙の差出人である少女だ。妹のように思っている少女がこのカフェに来ることは、そう頻繁ではないが(かと言って滅多に来ないわけではない)、このぬらりひょんとも会っていて交流もある。妹分は妖怪に好かれやすいのか、ぬらりひょんやカフェを訪れる他の妖怪にも気に入られていた。……このカフェ、一体いつから妖怪の溜まり場になったのだろうか。
「はやく開けんか」
「お前まさか人の手紙を読む気じゃねえだろうな」
「――いやあ、だって気になるだろう」
「うわあ!?」
ぬらりひょんのものではない男の声が聞こえて、またしてもびくりと大きく驚いてしまった。ぬらりひょんの隣に座ってテーブルに頬杖をついてにやにやと笑う同い年くらいの男を睨む。
「鬼一!」
「いやあはっは! お前は本当によく驚くなあ!」
「誰の所為だと思ってるんですかねえ!?」
気配なく現われた陰陽師――鬼一がけらけらと笑うのでつい声を荒げてしまう。すると、鬼一とぬらりひょんは揃ってにやにやとする。
「俺だよなあ」
「わしじゃなあ」
「いやほんとお前ら殺意沸くわあ」
折角、妹分から手紙が来て良い気分だったというのに。気の利かない妖怪と陰陽師だ。
ていうか妖怪と陰陽師が仲良くしてるの可笑しいだろ。どうなってるんだお前らの危機管理能力は!
それは鬼一と妖怪がこのカフェで出くわす度に思うことだった。陰陽師は怪異を祓う職だと認識しているのだが、鬼一は妖怪たちと親しげだ。
「害のない奴らは祓わないよ。面倒だろ」とは、いつか言っていた鬼一の言葉である。それでいいのか陰陽師。いや、確かに害がないなら自分としても平和が一番良いのだけれど。
「で、文の内容はなんじゃ」
「俺も気になるなあ。なんせ俺の嫁になる女からだろ?」
「ふざけんなロリコン野郎」
鬼一に冷たく返してから、今度こそ封筒にハサミを入れた。中から一枚の便箋を取り出して、少女が綴った文章に目を通す。久しぶりの手紙にしては短いと思うけれど、その内容の微笑ましさに笑みが溢れた。我が妹分は目に入れても痛くないほど可愛いと思う。
「おい、さっさと教えろ」
「……鬼一、お前なあ」
鬼一の不遜な言い方に呆れながら、けれども手紙の内容にまたほっこりとして思わず笑って答えた。
「友だちが出来たんだとよ」
さて、今日もそこそこ元気に店を始めますかね。
便箋を封筒にしまい、封筒裏に書かれた少女の名前をそっと撫でる。胸を温める幸せな気持ちは、暫くの間続きそうだった。
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