013心音

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ふと、酷く冷えた何かが額に触れた。まだ残る眠気を感じながら目を開く。ぼんやりとした見えた誰かの手が視界から外れて、手が引っ込められた方に顔を動かすと、氷織が難しそうな表情をしていた。

氷織は布団の横で正座をしている。どうしてここに居るんだろう、と覚醒しきらない頭で考える。

「具合は」

短く聞かれて、そういえば熱を出していたのだったと思い出す。氷織は様子を見に来てくれたのだろう。眠りに落ちる前までは「病人の看病なんてごめんだね」と言っていたのに、結局心配して自ら看病をしてくれたのだろう。素直じゃない優しさが、いつも心をじんわりと温めてくれる。

身体を起こそうとするとだるさを感じて思うように動かず、早々に諦めた。まだ熱っぽい息を吐き出すと、氷織が呆れたような顔をした。

「馬鹿だね」

氷織が鼻で笑う。とても優しいのに、こうして時折人を馬鹿にしたような態度を取るのは勿体ないと思ってしまう。かと言って、氷織の言葉までもが優しくなってしまったら、氷織は今以上に沢山の妖怪や人間たちに慕われて、もう僕には構ってくれないかもしれない。

それは嫌だな、と小さな独占欲が頭を出す。母親を取られたくないという、幼い子どものような感情だ。そんなことを考えてしまって一人恥ずかしくなる。

「藤にでも薬を持ってこさせよう」

と、氷織が立ち上がろうとする。無意識のうちに氷織の着物の袖を掴んでしまい、すぐさま我に返り手を布団の中に引っ込めた。
体調が悪いから、心細くなっているのだろうか。
寝返りを打って、氷織に背を向ける。羞恥でどうにかなりそうだ。高校生にもなって、何をしているのだろう。

「馬鹿だねえ」

空気に溶けていくような優しい声が聞こえた。その声には冷たさなんて微塵もなくて、それを発したのが雪女だなんて誰もわかりそうにない。

振り返りたくなって、ぐっと堪えた。ぎゅっと目を瞑っていると、ひんやりとした氷織の手が僕の頭を撫でる。ハッとして目を開いた。

「薬と一緒に何か食べる物を持ってこよう。つらくても少しは食べな」

頭から氷織の手が離れる。背後で氷織が動く気配がした。
障子を引く音を聞きながら、ほっと表情を和らげる。氷織から与えられるすべてが、酷く心地良かった。

安心感からか、再び睡魔が襲ってくる。氷織が薬と食べ物を持ってきてくれるというのに、寝るわけにはいかない。そう思っている筈なのに、何故か抗う気は少しも起きなくて素直に瞼を下ろした。

とくん、と心音が僕を包み込む。その鼓動は、氷織から与えられたものだ。それが嬉しくて、幸せな気持ちになる。

今日も僕は、氷織の優しさに生かされている。

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