012安らぐ場所

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大切な弟を失って、それでも自分は息をしているという息苦しさに絶望した。自分が死ねば良かったんだと何度も思った。いっそ、死んでしまおうか、とも。けれど、子どもに先立たれてしまった両親がさらなる絶望に襲われると思うと、それにもまた酷く苦しくなって、その考えは胸の奥深くに押し込めた。

学校に行って友人に会っても、鉛のように重たい身体はまったく軽くならない。それどころか、弟を失った事故の件を気遣われる度に、己の内側に渦巻いている靄の底に、小さな自分がどんどん沈んでいくようだった。

ずっと、それが続くのだと当然のように思っていた。弟を守れなかった罰だと思っていたから。
なのに。
いつの間にか、傍に居る人たちが変わって、また心から笑えるようになっている。

それまでの友人たちと喧嘩したわけでもないし、疎遠になったわけでもないけれど、居心地が良いと、一緒に居たいと思える人が変わった。変わったというより、「出来た」が正しいか。

新たな友人たちに赦され、亡くなった弟にも赦され、ずっと暗闇の中にいた自分は、光の中に引き上げられていた。

未来を失った弟への罪悪感は、今でもある。でも、そう言って自分の目の前に現われた幸せを拒絶すると、その弟が怒ってしまうから。だから今は、与えられる光を素直に受け入れている。

「渚」

落ち着いた中性的な声が耳からすっと入り込んで、渚の内側に雪のように染みこんでいく。

「うん」

ああ、何だか甘えたような声が出てしまって、恥ずかしい。
目の前の少女はただ静かに微笑を浮かべる。それがあまりに眩しく見えて、渚は照れ笑いを浮かべた。

「行こうか」

少女が左手を差し出した。いつか渚を泥濘から引き上げてくれた時は、もっと強引だったことを思い出す。こちらがその手を取って良いのか迷っていると、むっとした表情をしてこちらの決断を待たずに力強く掴んでくる。それがどれだけ救いだったか。

少女の手をそっと握る。
少女の目を見つめると、彼女は恥ずかしげに頬を染めてふいと顔を逸らしてしまった。

思わず笑みが溢れる。胸の辺りが温かくなって、それからくすぐったい。
この少女の傍は、酷く心地良く、幸せだ。

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