006笑顔

Pocket

ぼんやりと、眺めていることが多かったように思う。

幼い頃は「親」というものが何なのかよくわからなかった。母親に棄てられた玲香にとっては、親から与えられる無償の愛などどいうものは、空想のようにぼんやりとしていて存在しないと思っていたし、例え存在していたとして、自分には決して手の届かない別世界のものだった。

だからか、時折見かける幼い子どもと子どもの手を引く母親の幸せそうな姿は、どうしても白い靄がかかったように見えた。自分は確かに此処に在る筈なのに、自分は其処に居なかった。

玲香は公園の脇を通り過ぎる。出来るだけ、公園内ではしゃぐ子どもたちも、彼らを見守る優しい表情の母親たちも、楽しそうな声も、すべてを自分の世界に入り込まないように意識を別の、遠いところに持っていった。

無関心なわけではない。遠ざけているだけだ。他者は何もかもを遠巻きにする玲香を、無関心で、無情で、まるで人形のようだと形容する。それが美しいと言われても、吐き気がする。人間が美しいと思うのは、感情があるからだ。人形のように見える自分を美しいと言うのならば、人形を愛でていれば良いと玲香は思う。

暫く歩いて、待ち合わせに指定された駅に着く。流石に沢山の人が行き交っていて、玲香は無意識のうちに眉間に皺を寄せた。

「あ、玲香! こっちこっち」

待ち合わせの相手――茜が玲香に見えるように大きく右手を挙げる。茜の隣には渚も居て、彼はひらひらと右手を顔の横で振った。二人とも、口角を上げて楽しげに笑っている。

玲香はその様子をまじまじと見てから、二人の元へ足を進めた。

「おはよう」

茜と渚の元に到着した玲香を見て、彼らはにこりと笑った。何だかそれがむず痒くて、玲香は思わず彼らから目を逸らす。

「白波、こっち見ろって」

渚が可笑しそうに言う。彼は玲香が目を逸らしてしまった理由を察したに違いない。玲香が少しむっとしながら渚を見ると、彼は柔らかく目を細めて笑っていて、玲香はますます気恥ずかしくなった。

「玲香って、どうしてこんなに可愛いのかな」
「紫藤……お前、白波のこと何度も『可愛い』って言い過ぎじゃないか?」
「だって、最初は格好良い人だなって思ってたけど……とにかく何か、可愛いじゃない?」

赤穂くんだってそう思うでしょ、と茜が渚に詰め寄る。渚は茜の勢いにたじろぎ、苦い笑みを浮かべた。

「ま、まあ。そりゃ、そうなんだけど。紫藤のは何かその、熱意がすごくて」
「玲香のファン第一号ですから!」

茜が笑顔で胸を張る。何だそれ、と渚も笑った。
玲香はその様子を遠くの景色を見るように眺める。けれど、彼らと合流する前に見かけた親子の姿よりも、自分との距離が近いように思えた。

いつか自分も、彼らと一緒に声を出して笑えるだろうか。
それがそう遠くない未来だと予感しながら、玲香は口元を緩ませた。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です