真綿

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忘れられないことがある。それは、時が経てば経つほど、真綿のように優しくわたしの首を絞めていく。
まだ子どもだった頃に起こった悪夢のような出来事。それから25年経ち、愛する人と、これから生まれてくる愛しい命に恵まれても、真綿の紐は、わたしの首を捉えて放すことはない。ふとした瞬間に、脳裏をよぎるのだ。あの子は、この世に生まれて幸せだったのだろうかと。いつも、いつも。
わたしの頭を悩ませていた疑問は、今、解消されようとしているのだろうか。それとも、目の前でどこまでも静かな瞳をして温かなコーヒーを啜っている彼は、何も語らぬまま、またわたしの前から去ってしまうのだろうか。いや、違う。去ったのは、わたしだ。何も知らない彼の前から消えたのは、それを選んだのは、選んでしまったのは、逃げたのは、わたしだ。

「なんとも思っていない。いや、会ってみたいとは、思ったけど。でも、実際会ってみると、テレビで見るような展開にはならないと思ったよ。多分それは、俺がこの25年間、愛されて育った証拠だ」

彼は、わたしと目を合わせぬまま言った。つまり、彼は幸せなのだろう。安心した、ような気がする。混乱する気持ちの方が大きくて、よくわからないのが正直なところだけれど。

「でも、やっぱり、少しは憎らしいと思う。会ってみて、自覚した」

25歳の男の子は、ほんの少し寂しそうに、切なそうに、悲しそうに、笑ってみせた。

「赤ちゃん、女の子でよかったな。もし男の子だったら、俺と比べてしまったんだろう」

比べる? 男の子だったら? どうして、そんなことを言えるのだろうか。比べてしまうって、わたしは目の前の男の子のことを、何も知らない。知っているのは、14歳の時にわたしが産んだ子、というくらい、で。
膨らんだお腹を撫でる。もし、この子が女の子でなく男の子だったら。しても無意味な仮定をする。どうなっただろう。

「……男の子だったらよかったのに」

彼は、まるで自分をあざ笑っているような、そんなニュアンスで呟いた。彼がカップに残ったコーヒーを一気に飲み干した。カップがかつん、と音を立ててテーブルの上に置かれる。
ああ、まったく、彼の言うとおりだ。比べる。お腹の子が男の子だったら、わたしはどうしても、比べてしまうだろう。生まれた赤ちゃんを撫でるたび、本来ここにあったはずの男の子の面影が、どうしても浮かんで、わたしは一時でも許されることはないのだろう。そうして、ついにわたしは、真綿の紐で優しく絞め殺されてしまうのだ。

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Twitterでいただいたお題です。
全文:
「14歳で赤ちゃん(男の子)を産んだお母さん。赤ちゃんとは生まれてすぐに離れ離れになってしまいそれから25年後新しい家庭を築いてお腹に赤ちゃん(女の子)がいる時に昔生き別れた息子と再会してしまうお話をよろしくお願いします」

2月頃にいただいていたお題(というよりリクエスト?)でした。大変遅くなり申し訳ありません。お題の内容から、そもそも書くべきか、というところから悩んでいました。そして今まで頭から抜けていました。せっかくいただいていたというのに、お応えが遅くなり自分を恥じています。

お題を投稿くださりありがとうございました。

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