主人公様①

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気づいた時には、型に嵌まって生きていた。

疑問に思うこともなく、そうであることが当然というように。毎日決まった場所で、決まった行動をして、決まった言葉を吐き出していた。

その自覚をしたのは、ごく最近のことだ。別に、何か大きなきっかけがあったわけではなかったと思う。ふとした瞬間に「こんなこと、前もあったな」と微かな違和感を覚えて、胸の中にほんの小さな種が植えられた。

わたしの人生はごく平凡なもので、とてつもない美人でいつも人に囲まれているとか、世界各地で活躍中の大魔導師様のように膨大な魔力が発現するなんてことは微塵もない。毎日、町の中ではちょっとお洒落なカフェで働いて、友人とお喋りをして、家に帰って本を読むとか、そんなことを繰り返している。

だから、そういう人生なのであれば、「こんなこと、前もあったな」という感覚があってもまったく可笑しくない。

けれども、わたしの中に植えられた種は、徐々に、着実に、育てられている。

同じなのだ。何もかもが。

カフェのオーナーや同僚、友人との会話の内容も一言一句違えず。カフェに来店するお客さんも毎日同じ。昨日と同じ時間にやってきて、昨日と同じドリンクや料理を頼んで、昨日と同じ時間に帰っていく。毎日、毎日毎日。

わたしもそうだった。毎日同じ行動、言葉を繰り返す。

気づいてしまったら、皆が気持ち悪くて仕方なかった。気づいても同じことしか出来ないわたしも気持ち悪かった。皆がまるで操り人形にでもなったかのような気味の悪さと恐怖。いつからこうなったのか思い出そうとしても、頭に思い浮かぶのはやはり毎日繰り返している光景だけで吐き気がした。

キッチンで片手鍋の中でふつふつしている野菜スープをかき回しながら、静かに溜息を吐く。

不思議なことに、家の中でだけは自由に出来た。今では唯一心を落ち着かせることが出来る場所だ。「今日」を繰り返し続ける外界と異なり、この家では時間が流れている。

いつから、こんなことになったのだろう。
わたし以外の人たちは、このことに気づいていないのだろうか。
気づいていても、繰り返すことしか出来ないのだろうか。
わたしのように。
明日も、「今日」を丁寧になぞるだけ。
時計は動き続けているのに、時間が流れているとは思えなかった。

 

 

同じ時を繰り返し続けて、どのくらい経ったか。

わたしはいつもと変わらずカフェの前でホウキを持って掃き掃除をしていた。一段落して息を吐き、じんわりと滲んだ額の汗を右手の甲で拭う。離れて暮す口うるさい母親にはハンカチやタオルを使えと言われそうだが、この程度の汗ならわざわざ取り出す気にもなれない。

さて接客に戻ろう、とカフェの玄関へ足を向ける。

その時、わたしよりも先にカフェのドアに手を掛けた人が居た。ふわり、とお天気の良い日に洗濯物を干している時のような匂いが鼻腔を擽る。

この人、昨日まで見たことあったっけ。

どくん、と心臓が大きく音を立てた。

ドアを開けてカフェに入っていくその人――わたしとそう変わらない年であろう少年――の様子は、酷くゆっくりに見えた。

パタン、とドアが閉まった音にハッとする。無意識のうちに呼吸を止めていたのか胸に苦しさを感じて慌てて大きく息を吸い込んだ。胃の辺りがざわざわとしている。緊張か、不安か、期待か。初めて見る、昨日までは居なかった人。誰もが毎日同じ動きをして、同じ言葉を発するこの世界で、自由に生きているかもしれない人。

話をしてみたい。

そう頭に浮かんだ瞬間、わたしは落胆した。話なんて、出来ないじゃないか。だって、あの人が自由だったとしても、わたしは自由ではないもの。心は自由が許されているのに、身体は操り人形みたいに姿の見えない誰かに操作されて、幼い頃に両親と観に行った舞台で輝いていた役者のように決められたセリフを吐き出している。

意思の疎通なんか、出来るわけがない。

そのことに絶望して、ずっとそこでぼんやりとしていたいと思っているのに、身体は勝手にカフェのドアを開けている。時間だもんね。仕方ない。

「店長、掃除終わりました」
「ああ、お疲れ様」

店長に声を掛ける時、ちらりと少年に視線を向けた。彼はメニュー表を熱心に見ていて、わたしに気づく様子はない。
それに少し落胆しつつ、わたしは掃除用具を片付けて接客に戻るために、いそいそと従業員の控え室へと向かった。

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