アルストロメリア赤穂渚編ー8

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「そ、そういえば、赤穂くんの弟さんは玲香に何を頼んだの? 玲香の話を聞いて、赤穂くんに良くないことが起こってるっていうのは、何となくわかってるけど」

玲香は逡巡した。『弟に頼まれた』とは言ったものの、実のところ頼まれたわけではなく、潮音の様子から彼が伝えたかったであろうことを察しただけだ。詳しい情報は玲香も持っていない。

「それがわからないから、迂闊に手を出せない」
「え? 弟さんに聞いたんじゃ」

目を丸くする茜に、玲香は首を振る。

「いや、僕に話しかけてきたけど、名乗って少し話した後に消えたんだ。その時の様子が必死だったし、赤穂渚を守っているようだったから、多分、何かから守ってほしいってことなんだと思って」

茜は納得したように頷いた。

「電話でも、『何が原因かはわからない』って言ってたもんね。そういうことだったんだ。……でも、どうして消えちゃったのかな」
「多分、力が弱いんだ。僕がそういう人間じゃなかったら、あの声を聞くのも難しかったかもしれない」
「……そう」

玲香は思いを巡らせた。不慮の事故で亡くなったばかりの小学生が、自身の境遇を嘆くでもなく、兄を必死に守ろうとするなんて、並大抵のことではない。自分が亡くなっていることに気づいていないならまだしも、潮音は自覚し、原因も把握しているようだった。つまり、当時の記憶を有している。何を見て、感じて、自分の命が終わったことを知ったのかはわからないが、相当な痛みの筈なのだ。多分まだ、十年生きたかどうかくらいの年齢で、将来の可能性に溢れている男の子。生前に縁があったわけではないが、それでも心底同情してしまう。

「今度はちゃんと、話がしたいんだ」

玲香は眉尻を下げ、僅かに笑みを浮かべた。面倒ごとに巻き込まれたくないなんて言って、泣かれるまで無視をするんじゃなかったと今更思う。こういうことに関しては、いつも後悔してばかりだ。結局関わるのであれば最初からそのつもりで居れば良いのに。

けれども、すべての霊の願いを聞き入れていると収拾がつかなくなってしまうから、やはり最初は遠巻きに見て、自分に何とかできるのか、関わらない方が身のためか、判断したいとも思う。……今回のことは未だに判断出来かねているが。理想としてはそうだ。

「ただ、どうやって話すかが問題だけど」

潮音は渚の守護霊だ。常に渚の傍に居るため、潮音と話すには渚の理解を得なければ難しいだろう。でなければ、玲香は渚には理解できない質問を投げかけて(正確には近くに居る潮音になのだが)、渚を困惑させるだけだ。そんなのは地雷が埋まっている場所をわかった上で自ら踏みに行くようなものだ。

「どこかで貰ってきた多少の障りなら、ちゃんとした神社に行けば浄化できると思うけど」

そこまで言って、玲香はガトーショコラを口に運ぶ。

「弟さんが助けを求めてきたってことは、それで終わるようなレベルじゃなさそうだね」

後を茜が続けたので、玲香は頷いた。咀嚼していたものを飲み込んでから、フォークを皿の上に置く。

「実際、どういうことが起こっているのか把握していないから、本当は本人からも話は聞きたい、けど」

玲香は渋い表情をしてカップを手に取り、口に運ぶことなく紅茶の液面を見つめた。

「突然幽霊の話されても、ただの変な人になっちゃいそうだもんね」

こういう時、茜は遠慮しない。玲香はごくりと紅茶を飲んだ。

「自然に話を聞けると良いけど、私も赤穂くんと仲が良いわけじゃないしなあ」
「去年、同じクラスって言ってたっけ」
「そうそう。だから挨拶くらいはしてたんだけど、やっぱり皆、決まったグループってあるでしょ。それ以外の人とは、あまり関わる機会がないっていうか」

「茜は僕のところによく来てたしね」
「うん。私は玲香に忙しかったの」

僕に忙しいってなんだ。

茜の言っている意味が理解できず、玲香は訝しげに茜を見つめた。まあ確かに、休み時間の度にクラスの違う自分を訪ねてきていたものだから、忙しなかっただろうなとは思う。

「赤穂くんと仲良くなってみる……?」

ううん、と唸った茜が絞り出すように口を開いた。

「どうやって」
「ええと」

渚はいつも誰かしらと一緒に居る。特定の誰かと連むというよりは、その時その時で声を掛けてきた人と行動を共にしているようだが、渚が一人で居る姿は、今のところ見たことがない。まずは渚に話しかけなければ始まらないものの、その機会がありそうにない。

「何かきっかけがあると良いけど……そのきっかけがなかなかないよね」
「何度も保健室に連れ込むわけにもいかないし」
「それはあらぬ誤解を招くからやめよう」
「冗談だよ」

玲香がにやりと笑うと、茜はうっと胸を押さえた。

「そういうのはずるい」
「何それ」
「私が玲香の一番のファンだって知ってる癖に!」
「初めて知った」

嘘だー、と茜は唇を尖らせる。それから何かを思いついたように目を輝かせた。

「ねえ、赤穂くんのファンですーって、鬼一さんのお守りを渡すのは?」

名案だ、とばかりに茜は嬉しそうにして玲香の反応を待っている。玲香は呆れたように息を吐いた。

「誰があいつのファンになるの」
「え! ……わ、わたしは玲香のファンだから浮気はできない……」
「じゃあ僕?」
「それも看過できません」

茜はきっぱりと言い放った。なら何故提案した、というツッコミはしないでやる。

「その案を採用できたとしても、鬼一が許すとは思えないけどね」
「え、どうして?」
「あいつが男にお守りをくれると思う?」

しばし沈黙が流れ、その後、茜は真顔で「思わない」と首を振った。

「僕から鬼一に頼むにしても、赤穂渚に憑いているものが何なのか、そこを探ってからだろうな。……別に、鬼一に頼るのが嫌なわけじゃないんだ」
「うん、わかってるよ。慎重に動かないと、事が悪い方向に動いちゃう可能性もあるんだもんね」

玲香は頷いて、ふと窓の外に目をやった。時刻は午後六時になろうとしているが、まだ明るい。買い物帰りであろう主婦や学生たちの姿がちらほら見える。演劇部に所属しているという渚は、まだ部活中だろうか。部活が終わったら自宅に帰って、ひょっとして、ずっと続いているかもしれない怪奇現象に怯えるのだろうか。保健室での様子を見るに、その可能性は高いかもしれない。

「……きついだろうな」
「え?」

茜が聞き返す声が聞こえて、ちらりと彼女に目を向けた。首を傾げて玲香の言葉を待っている様子を見て、喉から出掛かった言葉をぐっと飲み込む。胸の奥に渦巻く不安を伝えたところで、今はどうにもならない。

何でもない、と言って体の横に置いていた学生鞄とテーブルの上の会計表を手に取って席から立ち上がった。

「帰ろう」

とにもかくにも、まずは赤穂潮音に接触しなければ。

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