アルストロメリア赤穂渚編ー7

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翌日の放課後。玲香と茜は高校から5分程度離れた場所にあるファミレスへと立ち寄った。四人掛けの席に案内され、店員から渡されたメニューを眺めながら茜が口を開く。

「今日、昨日より元気そうだったね」

誰が、とは言わないが、それが渚のことであるのは明白だった。玲香は教室で見た渚の様子を思い出して頷く。

「あ、このパフェ美味しそう。でも太っちゃうかな」
「毎日食べてるわけじゃないし、気にしすぎだよ」

確かに、と言いながらも茜は唸る。

「玲香は何にするの?」
「……ガトーショコラ」
「チョコ好きだもんね」

茜はテーブルの上に置かれている呼び出しボタンを押した。ピンポーン、と店内に響く。

「結構、無理はしてると思う」
「え? あ、赤穂くんのこと?」
「そう」

周りの人間に気づかれないようにしているのか、渚は友人と居る時には笑顔を絶やそうとしない。しかし、チャイムが鳴って友人が自席に戻る時など、ふとした瞬間に表情が曇る。運が良いのか悪いのか、玲香は何度かその様子を目撃していた。

「玲香って、赤穂くんのことよく見てるんだね」

お待たせしました、と店員がテーブルの横に立つ。茜が二人分の注文を伝えると、店員はメニューを復唱して去って行った。

「弟に頼まれたから」

玲香は声を潜めて言った。近くに同じ高校の生徒が居ないことを確認しているため、そうする必要はないが、内容が内容だけに用心するに越したことはない。

「弟って……」

茜も同じように声量を落とし、玲香の方へ身を乗り出した。

「事故で亡くなったらしい」

茜は目を見開き、次いでくしゃりと顔を歪ませた。身近で起こった不幸な事件に心を痛ませているようだ。

「それって、赤穂くんから直接聞いたわけじゃないよね」

怖々と聞いてくる茜に、玲香は小さく頷いた。

「じゃあ、本人が」

再び玲香が頷く。茜はきゅっと唇を結び、目を潤ませた。こうして人の痛みに同調できるのは良いことではあるが、情が深すぎると悪霊に付け入られることがあるので、玲香は少し不安に思う。

「僕が赤穂渚を注意して見ているのは、弟に頼まれたから」
「もしかして、赤穂くんを保健室に連れて行った時に?」
「そう。無視しようと思ったんだけど……」

読んでいた本と顔の間に横から飛び出してきた潮音の必死な形相。無反応で居られる筈がなかった。来るかもしれないと予期していても、驚くものは驚くのだ。

「やっぱり優しいね、玲香って」

玲香が茜の言葉に反論しようとしたところへ「お待たせしました」と店員がやってきた。玲香は口を噤んだ。目の前にガトーショコラと紅茶が置かれる。茜の方は桃がふんだんに乗せられているパフェとカフェオレだ。

「わあ、美味しそう」

茜がにこにこ笑いながらスプーンを取ってパフェを食べ始める。玲香は毒気を抜かれ、用意していた言葉の代わりに長く息を吐き出した。

「玲香も食べなよ」
「……ほんと、気が抜ける」
「玲香は気を張ってることが多いから、ちょうど良いってことじゃない」
「言うようになったなあ」

玲香は思わずしみじみと言った。出会った頃の茜は、玲香の友人というよりファン、もっと言えば崇拝者と言っても過言ではないような様子だった。頬を赤く染めて一生懸命に話しかけてきた茜の姿が脳裏にちらつく。
随分と変わったものだな、と思いながら紅茶のカップを手に取って、ふうふうと冷ましながら一口飲んだ。

「けど、なんだか妬いちゃうな。弟くんに頼まれたとは言え、なんだか玲香と赤穂くんが急に仲良くなったみたいで」
「何言ってんの……」

仲良くなった、と茜は言うが、渚と絡んだのは昨日が初めてで、今日は玲香が一方的に見ていただけだ。それも、下心も一切ない目で。
茜は玲香の呆れた顔をものともせずに続ける。

「でも大丈夫! 玲香が私を大切に思ってくれてるのは知ってるから!」
「……まあ、否定はしない」
「え」

カシャンと音が鳴り、玲香はそれにつられて、食べようとしていたガトーショコラから茜に視線を移した。目を丸くして固まっている茜と目が合う。茜が手に持っていたスプーンはテーブルの上に落ちていた。

「どうしたの」
「……え、待って。や、あの、供給過多……」

萌えちゃう。待って。尊い。
茜が繰り返す言葉の意味がわからず(否、察することはできるけどわかりたくない)、玲香は茜を放置しガトーショコラを食べ進めた。

「ご、ごめんね。話を折っちゃって。ちょっと、予想外の展開に心臓が追いつかなくて」

我に返ったらしい茜が、自身の胸を右手で押さえながら言った。玲香は呆れて息を吐き出す。

「茜が変なのはいつものことだろ」
「変って言わないで!」
「おかしい」
「同じことだよ!」
「そうだよ」

玲香が可笑しそうに笑うと、

「ひょえ……」

と、茜は情けない声を上げた。それから頬を赤く染めたまま玲香をじとりと見る。

「……玲香さん、今日はサービスが凄いよ。お腹いっぱいだよ私」
「そのパフェ貰おうか?」
「そういうことじゃないです……」

茜は赤くなった頬を両手で覆った。

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