アルストロメリア赤穂渚編-2

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目が覚めると同時に、玲香は体にまとわりつく不快感に顔を顰めた。障子を通って入ってくる太陽の光が顔に当たっている。七月に入ってからと言うもの、日本はとかく蒸し暑い。陽が昇るのも早くなって、暑さで目が覚めることもしばしば。

氷織は今日もまた不機嫌だろうな、と苦笑する。玲香の育ての親である氷織は妖怪・雪女だ。雪女はいつでも身体が冷え切っているものだから、気温の高い夏はとにかく嫌いだ。とばっちりを受けなければ良いが。

今朝は夢見が悪かったような気がする。どんな夢を見たかは起きた瞬間に頭から抜け落ちていったのでわからないが、楽しい夢でなかったのは確かだ。これは近々嫌なことが起こるかもしれない、と溜息を吐いた。

「なー」

ぽふり、と玲香の頬に猫の尻尾が当たった。くすぐったい。

「ねーさん」

玲香はごろりと体を横にして、尻尾を当ててきた猫、いや、猫又のねーさんと向き合った。ねーさんは二本の尻尾をゆらゆらと揺らし、もう一度「なー」と鳴いた。玲香はふっと笑ってねーさんの頭を撫でてやる。

「おはよう、ねーさん」

ねーさん、という名前は幼い頃に玲香がつけた名だ。猫のねを取って「ねーさん」という極めて単純な名前。玲香はネーミングセンスが乏しい。氷織の屋敷に昔から住んでいるという猫又に玲香が名前を付けた時、ねーさんはとても喜んでくれたものだが、氷織は顔を引き攣らせていた。

「玲香、起きてるかー?」

どこか間の抜けた声で玲香を呼ぶのは、天狗の藤だ。幼い頃に氷織に拾われ、この昔ながらの日本家屋に迎えられて以来、藤は玲香の世話を焼く。藤と氷織の関係性は未だに謎があるが、氷織の屋敷には他の妖怪も多数居たので、今ではあまり気にしていない。恋仲なのではないかこっそり藤に聞いたこともあるが、藤が顔面を蒼白にして首を振ったため、子どもながら藤を憐れに思ったと記憶している。

ちなみに、藤という名前も玲香が付けたものだ。氷織は出会った時から名前を持っていたが、藤は「天狗」という種族名のみで個の名前はなく、氷織や名前をつけてもらったねーさんを羨ましがった藤に強請られて玲香が考えてやった。

実は玲香が藤の名前を考える前、氷織は顔を顰めて「やめておけ」と藤に忠告した。玲香のセンスを疑ってのものだ。玲香が庭に咲いていた藤の花を見てその名を付けた時は、氷織は大層安堵したという。口にするのも恥ずかしいような名前であったなら、玲香が考えた名前は即座に却下するつもりであったらしい。

「起きてる」

玲香は小さく欠伸をしてから障子の向こうに返した。

「おー、おはよう玲香」

一人で起きられて感心、とでも言った声だ。藤はいつまで経っても玲香を子ども扱いする。

「さっさと着替えて飯食えよ」
「はいはい」

玲香は適当に返し、

「ずっとそこに立ってるのはやめてほしい」

と、うんざりしたように言った。藤が障子の向こうで頭を掻く。

「わかったって。俺は戻るよ」
「うん」

障子に映る藤の影が動く。「多感な年頃ってやつか……?」と藤の呟きが聞こえて、玲香はくっと笑った。

「そうかもね」

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