お題

016夕焼け

夕焼けに浮かぶ茜色の雲には、憂愁が秘められている。この道を歩くのがあと数回もないと思うと、目の奥が熱くなってくる。隣に玲香が居るのに、ここで泣いてしまったらきっとおかしな雰囲気になってしまう。涙を溢しても、玲香はきっと「何泣いてるの」って呆…

015風に吹かれて

縁側にごろりと寝転んで、顔のすぐ前までやってきた猫又のねーさんを撫でてやる。ねーさんは気持ちよさそうに喉をごろごろと鳴らして、甘えるように撫でている手にすり寄った。そよそよと優しい風が全身を包む。水の中を漂っているような心地よさに眠くなって…

014手紙

カフェのポストから取り出したチラシやはがきの中に、封蝋で閉じている真っ白な封筒を見つけた。誰から届いた手紙かすぐに察して笑みが溢れる。意外に洒落たのが好きなんだよなあ。そんなことを言うとむっとして拗ねてしまうので直接言うことはないが、差出人…

013心音

ふと、酷く冷えた何かが額に触れた。まだ残る眠気を感じながら目を開く。ぼんやりとした見えた誰かの手が視界から外れて、手が引っ込められた方に顔を動かすと、氷織が難しそうな表情をしていた。氷織は布団の横で正座をしている。どうしてここに居るんだろう…

012安らぐ場所

大切な弟を失って、それでも自分は息をしているという息苦しさに絶望した。自分が死ねば良かったんだと何度も思った。いっそ、死んでしまおうか、とも。けれど、子どもに先立たれてしまった両親がさらなる絶望に襲われると思うと、それにもまた酷く苦しくなっ…

011同じ空の下

幼い頃、氷織がふらりとどこかに出たまま暫く戻らず、寂しくて縁側で膝を抱えていたことがあった。氷織は気まぐれで少し怖いところもある妖怪だけれど、玲香にとっては親に捨てられた自分を拾ってくれ、時々文句を言いながらもなんだかんだ庇護してくれる優し…

010海

酷く、心地の良い低めの甘い声が耳に届いた。人間の声だと思うけれど、何故か動物の鳴き声のようでもあった。それは何処か遠くから聞こえてきたような、耳元で囁かれているような、どっちともつかない距離感で届き、渚は胃の辺りがざわざわとした。ふと、鼻先…

009おひるごはん

「玉子焼きもーらい!」ひょい、と視界の左側から自分のものではない箸が現われて、弁当箱の中の玉子焼きを一つ持っていった。箸の行方を追って顔を左横に向けると、玲香と同じく霊感があるという後輩――橙木和夏(とうのきのどか)が笑顔でぱくりと玉子焼き…

008歌

楽しそうな女性の歌声が耳に入ってきて、玲香はつい足を止めて声が聞こえてきた方へ顔を向けた。公園のベンチの上に立って歌っている女性がいる。その表情も声と同じく楽しげで、歌えることが嬉しくてたまらないといったようだ。ベンチの上に立っているなんて…

007手を繋いで

右手にぬくもりを感じるのが当たり前になったのは、いつからだったか。それはもう遠い昔からだったような気もするし、ここ最近だったような気もする。玲香に寄り添うその人は、いつも優しく微笑み、そっと手を握って、いつも玲香を導いてくれる。水の中を揺蕩…

006笑顔

ぼんやりと、眺めていることが多かったように思う。幼い頃は「親」というものが何なのかよくわからなかった。母親に棄てられた玲香にとっては、親から与えられる無償の愛などどいうものは、空想のようにぼんやりとしていて存在しないと思っていたし、例え存在…

005綺麗なもの

ふと、光が反射して瞳がきらりと輝いた。玲香の夜の海のような青藍の瞳は、まるで宝石のようでもあって、気を抜くと吸い込まれてしまいそうな気分になる。「綺麗だね」「……?」思ったまま言葉にすると、机を挟んで向かい側に座る玲香が茜を見て不思議そうに…