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 銀色の刃が夕日に煌めき、その両の刃で黒く艶やかな髪を切ろうとしている。
 どうやら自分はこのような場面に出くわすことが多いらしい。そういう星の下に生まれてしまったのだろうか。なんて迷惑な話だ。 
 鋏を手に、自ら髪を切ろうとしている少女の瞳は、きらきらと光っている。涙で潤んでいるのだろう。ああ、彼女は失恋でもしたのか。
 特に彼女の存在を気にするでもなく、忘れ物のノートを取りに自分の席へ向かった。教室には、彼女と自分以外の姿はない。泣きそうになりながら髪を切ろうとしているクラスメートの姿を目にしても平然としている自分が信じられないのだろうか。じっとまとわりついてくる視線が煩わしい。気にしてほしいのか。全く、なんて都合のいい。こちとら、偶然この場に居合わせてしまっただけだというのに。さっさとノートを取って去ってしまおう。なんで、こんな日に限ってノートなんて忘れたんだ。

「……高津君って、薄情な人なんだ」

 そうだよ、知らなかったのか。そんな言葉を口の中で言った。いや、それより、なんでそんなことを言われなくてはならないのだろうか。別に、声を掛けなくてもいいだろう。彼女が髪を切ろうが何をしようが、自分には関係のないことだ。そっちが勝手にフラれて(実際にそうだったのかは知らないけれど)勝手に悲しんで勝手に髪を切ろうとしているだけだ。それに、こういうときは下手に声を掛けるより、そっとしておいた方がいいと誰かが言っていた。

「普段からあまり人に関わろうとしないなとは、思ってたけど」

 正直、他人からの評価なんて、どうでもいい。
 少女は鋏を机に置いた。髪は、切られていない。

「高津くんが来たときは、止めてくれるかな、なんて思ったけど」

 そんなこと、するわけがない。止める理由なんて、どこにも存在しないのだから。
 溜息をついて、少女を見た。口を開くのが、億劫だ。今日は疲労感たっぷりだから、すぐ眠れるだろうな、とぼんやり考えた。

「何を期待してるの」
「期待なんて、してないよ」

 嘘をつけ。自分が言ったことを覚えていないのか。
 少女はくすくすと笑った。その拍子に、彼女の頬に涙が伝う。笑いながら涙を流す姿は、なんだかとても笑えた。
 さっきまで泣いて、髪を切ろうとしていた癖に、何を笑っているのだろうか。早くこの場を抜け出したい。自分はノートを取りにきただけなのだ。

「高津くんはさ、恋をしたことがある?」

 その問いに、答える気は起きなかった。そんなことを聞いてどうするというのだろうか。とりあえず、答えたところで何の意味も成さないだろう。彼女も、何か答えを期待して問いかけているようには見えなかった。

「私はね、恋をしてたんだよ」
「……あっそ」
「興味ないの?」
「何に」
「恋」
「ないけど」

 ねえ、もう帰っていいかな。
 少女に許可を取る必要はないのに、そんな言葉が口から出そうになった。しかし、その言葉は外に出されることはなく、彼女の笑いに消された。

「ねえ、高津くん」

 少女は、楽しそうだった。何故そんなに楽しそうにしているのか。さきほどまで、自身の髪を切ろうとしていた彼女は、そこには居なかった。

「あのさ」

 少女の言葉を、遮った。彼女は首を傾げた。不思議そうにしている彼女を無視して、言葉を続ける。

「知ってる?」
「何を?」

 早く、この場を終わらせてしまいたかった。できれば彼女とはもう関わりたくない。とても、面倒臭そうな少女だ。これ以上はやめておけと、頭の片隅で警報が鳴っている。自分から関わろうとなんて、していないさ。あっちがどんどん近づいて来るだけだ。

「鋏でも人って殺せるんだってさ」

 言葉を失った少女の顔が、ひどく滑稽に見えた。