カテゴリー: 思想

「人間関係がうまくいかない」と思う理由や改善方法とは

「人と話すのが苦手」
「人といると息苦しく感じてしまう」
「自分の意見が話せない」

こういった悩みを持つ方は沢山います。しかし、何故そう思ってしまうのでしょうか。

それは「こうしてはいけない」という心のブレーキがかかっているからかもしれません。そのブレーキを外して、人間関係に対する悩みを改善しましょう。

 

人間関係がうまくいかないと感じる理由

 

嫌われてはいけないと思い込んでいる

人から嫌われてはいけないと思い、常に相手の顔色を窺っていませんか?

相手のことを考え、不快に思われるようなことをしない。
それはとても素敵な気遣いですし、大事なことであると思います。

しかし、生きていくうえで、「誰からも絶対に嫌われない」ということはありません。誰かしらはあなたを嫌うでしょう。あるいは嫌いにならないうちに距離を取っているかもしれません。

でも、嫌われることは悪いことではありません。当たり前のことですから。言葉を変えると、「誰からも好かれる」ことはありません。

あなたがどんなに「誰からも好かれる」「誰にも嫌われない」努力をしたとしても、あなたを好きにならない人もいるし、嫌う人もいます。

あなた自身はどうでしょうか?
「嫌いな人はいない」「すべての人が大好きだ」
と言い切れますか?

あなたも嫌いな人が居て良いのです。全員を好きになれなくても良いのです。

だって、価値観が異なる人は必ずいます。相容れない人はいます。これだけ多くの人が生きている世の中です。一人一人の価値観があって、性格があって、好みがあります。

「価値観が合わないんだな、残念!」
これで良いのです。

嫌いだな、と思う人は避ける。あるいは必要最低限のみ関わる。そして自分が好きな人たちと素敵な時間を過ごしましょう。

 

「自分」を隠しながら生きている

上述したような「嫌われてはいけない」と思っている方などに多くみられます。

誰からも好かれるように、嫌われないように、自分を押し殺して相手に合わせて生きている人。つまり仮面を被って生きている人。

この場合、あなたの周りに集まるのは「仮面を被ったあなたが好きな人」です。

わたしも「嫌われたくない」と思い、相手に合わせた仮面を被っていましたが、その間はとてもつらかったです。窮屈で、息苦しかった。

「ぼろを出したら嫌われる」「少しでも変なことをしたら嫌われる」
「優しい“わたし”で居なきゃ」「相手のすべてに頷かなきゃ」

仮面を被ったわたしに集まってきた人が居る間は、息が休まりません。常に相手に合わせなくてはいけないし、それが自分の意見や気持ちと違えば、ずっと自分を裏切り続けることになります。

自分のことを蔑ろにしていたのです。
自分を大切にできていないので、どんどん傷だらけになっていきます。

もっと、あなたを大切にしませんか?
「本当のあなた」を出して、「本当のあなた」を好きになってくれる人を見つけませんか?

 

人間関係に対する考え方の改善方法

 

「嫌われることを受け入れよう」「本当のわたしになろう!」と思っても、なかなか行動に移せない! ということがあると思います。

それは、過去の経験から無意識のうちに「できない」と思い込んでいることが原因です。
これまで培ってきた固定観念を緩めてあげる必要があるでしょう。

 

自分に「何故そう考えているのか」などの質問をしてみる

まず、何故そのように考えるようになったか、きっかけを思い返してみましょう。

・過去に誰かから嫌われるようなことがありましたか?
・過去に誰かから嫌われたとき、あなたはひとりぼっちになりましたか?
・助けてくれる人は誰もいない状態になりましたか?
・すべての人に好かれないとどんな怖いことがありますか?

これらの質問に回答した後、例えば「誰からも嫌われてはいけない」という思いに対する信頼性は何%になっていますか?

最初と比べてどうでしょうか。信頼性は下がっているでしょうか。

自身に質問していく中で「あ、これは思い込みだったかも」という気づきがあれば、あなたの人間関係に対する悩みや不安は、これから解消されていく筈です。

 

まとめ

 

誰からも好かれる、誰からも嫌われない、ということはありえません。
どんなに魅力的な人でも、好かれることもあれば嫌われることもあります。人の数だけ価値観があるのだから、それは当然のことなのです。

<人間関係がうまくいかないと思う理由>
嫌われてはいけないと思い込んでいる
「自分」を隠しながら生きている

 

<人間関係に対する考え方の改善方法>
自分に「何故そう考えているのか」などの質問をしてみる

少しでもあなたの人生に役立てていたら嬉しいです。
最後までお読み下さりありがとうございました!

 

★お茶会等のイベントや創作関連、
 人生をより楽しむための思考法など
 様々な情報を発信!

↓お友達登録はこちら↓

読書しない人は損してる!6つのメリットを紹介

こんにちは。
【小説×歌】中心に活動している創作プロジェクト「SSQuest」の首領・雪花です。

皆さん、「読書」はお好きですか?

最近は、マンガ以外の本を読まない人が多くなっているように思います。

実は私も、中学生あたりまではよく読書していたのですが、それ以降はあまり読まず……好きなジャンルの本を、かろうじて月に1冊読むくらいでした。

しかし、今では、読書によって自身にもたらされるメリットが多いことに気づき、読書大好き人間です。
暇があれば、本屋さんに立ち寄っては数冊買って読む……という生活をしています。笑

「本を読まないなんて、人生損だ!」と声高に言いたい!!

そこで、私自身が感じた、読書のメリットとデメリットをご紹介します。

 

読書をする6つのメリット

「語彙力」「文章力」がアップする

「語彙力」とは、ただ「言葉の意味を暗記していること」ではありません。

「どれだけの言葉を知っているか」です。つまり、きちんと言葉の意味を理解していること。

言葉を暗記していても、その意味を理解していなければ、使うことはできませんよね?

しかし、読書をしていると、まったく知らない言葉や、目にしたことはあるけど意味がわからない言葉に沢山出会います。

その時、あなたは、その言葉の意味を調べたり、文章の流れや前後にある例文を読んだりして、「どのような場合に使う言葉か」を理解できるのです。

「ネット上の文章を読むのでは駄目なのか?」と思われる方も居るでしょう。

ネット上ですと、書き手が文章を書いたあと、誰の目も通らずにアップされている可能性があります。自身でも言葉の意味を調べたり、推敲したりもないかもしれませんね。

そのため、その言葉の使われ方が正しいかは、筆者の「語彙力」次第です。
正しいかどうかは、読者自身が判断するほかありません。

一方、本に書かれている言葉は、筆者自身の力もさながら、何度も人の目を通り、正しい使い方、言い回しになっています。
また、彼らは「伝える仕事」ですから、読者にわかりやすいように工夫もしています。

そのため、「読書」の方が、より「語彙力」を高めることができます。

さらに、読書をすると「語彙力」が高まるため、「文章力」も同時にアップします。
言葉を暗記では無く、理解しているため、読むだけではなく書くことにも繋がるのです。言葉の引き出しが増えるんですね。

 

「情報リテラシー」が身につく

「情報リテラシー」とは、「情報を整理し、活用できる力」のことです。

今では多くの人がスマホやパソコンを持っています。
それにより、沢山の情報を、素早く簡単に手に入れることができますよね。

手軽に情報をゲットできることは、素晴らしいことだと思います。
しかし、ネットを利用することにより、「発信」もかなり簡単にでき、真偽のわからない情報も溢れています。

情報は、誰かが何らかの意図を持って発信しています。その人の「意図」によって、情報が歪められている可能性もあるのです。

そのため、「その情報が正しいか」「有益か」、自身の力で判断することが、より求められるようになりました。

では、どうやって「情報リテラシー」を身につけるのか。

それは、「知識」をつけることです。
そして、読書で「知識」を増やすことができます。

知識が増えるということは、「判断材料」が増えるということ。
さらに、同じジャンルの本を、なるべく異なる視点からのアプローチのものを選んで読むことで、さらに知識が深まります。

それにより、物事を客観的に比較することができるようになります。自身の中で納得感をもち判断することが可能になるのです。

 

「コミュニケーション力」がアップする

読書により「知識の幅」が広がります。

すると、様々な話題に対応することができるようになり、各業界の人、色んな年代の人たちと対話がしやすくなるのです。

 

偉人・成功者の考え方を身につけることができる

読書とは、「疑似体験」です。

偉人や成功者が、過去にどのような経験をし、どのように考え生きてきたのかを知ることができます。
彼らとは直接会い、話すことは人生でほぼないと言って良いと思います。しかし、本の中であれば、彼らのことを知ることができるのです。

彼らの考え方を知り、生き方を知り、自身もそうなりたいと思ったら真似してみる……そうすることによって、彼らの考え方や生き方が自分のものになるのです。

 

「想像力」がアップする

読書は、色んな世界、生活、考え方などを教えてくれます。

自分とは異なる面を持つ人々や世界を知ることによって、「こういう人もいる」「こういう考え方もあるのか」と理解できるようになります。

すると、自身とは異なる環境、文化、立場……等々を想像しやすくなるのです。

創作者であれば、例えば小説の世界観やキャラクターを想像し、作りやすくなるでしょう。

 

「アイデア」を出しやすくなる

「アイデア」とは、「既存の組み合わせ」です。

他とまったく被る所のないアイデアなど、ほぼないと言っていいでしょう。

世の中に溢れているアイデアを知ることによって、自身の「引き出し」が増えます。
そこから様々なアイデアを組み合わせ、「オリジナル」をつくることが可能になるのです。

それは読書で手に入れることもできますし、読書によって、よりアイデアを出しやすくすることもできます。

 

読書をする3つのデメリット

正直、読書によるデメリットは浮かばないのですが……あえて上げるとすれば、次の3つです。
ただし、それらのデメリットは、自身の行動で解消することができます。

 

時間がとられる

読書に慣れていない人は、読書に取られる時間が長くなってしまいます。

ページ数が多いほど時間がかかりますので、特に「忙しい」「やることがたくさんある」人は、そもそも「読書に割く時間がない」と思うかもしれません。

こちらに関しては、電車での移動時間など「スキマ時間」を活用することによって解決できます。

また、「部分読み」など、自身の目的に沿った箇所のみ読む等の方法もあります。

私自身、「スキマ時間」と「部分読み」等(ただし、1冊の本を3回は読む読書法を取り入れています)を活用して、月10冊ほど読んでいます。

本を速く読む方法は、それに関して書いている本もありますので、探してみて下さい。
(私は『死ぬほど読めて忘れない 高速読書』の方法を採用しています)

ただし、「速読」はオススメしません。あれは本の内容を覚えられません。

 

肩こりや目が疲れる

読書をしていると、目に疲れを感じることがあります。肩が凝ることもありますね。

本を長時間かけて読むと、当然目や体は疲れます。

人の集中力は「15分周期」ですし、適度に休憩を入れ、時間を決めて集中して読むことをオススメします。

また、本との距離が近いことでも目が疲れます。そして、その状態は大体首が前に出ています。
首が前に出てしまうと肩こりも起こるので、かなりつらいでしょう(「スマホっ首」という言葉がありますね)

姿勢を良くし、また、明るい場所で読むようにしましょう。

 

部屋が狭くなる

「たくさん読書をする=本が増える」……ですよね。
私も本をたくさん買ってしまい、置き場所に困ることがしばしば。

そんなときは、「読書ノート」をつくり、大事なところはノートに書きとめ、自身にとって重要な本以外は捨てることも考えましょう。

また、これを機に部屋の整理もしてみましょう。笑
案外、掃除してみるとスペースが空くものです。

 

読書は人生にとって大切な意味を持つ(まとめ)

今回は、読書のメリット6つを紹介しました。

・「語彙力」「文章力」がアップする

・「情報リテラシー」が身につく

・「コミュニケーション力」がアップする

・偉人、成功者の考え方が身につく

・「想像力」がアップする

・アイデアを出しやすくなる

そして、3つのデメリットもありましたね。

・時間がとられる
→移動時間などの「スキマ時間」を活用!

・肩こり、目が疲れる
→読書のときは姿勢に注意し、適度な休憩もとる!

・部屋が狭くなる
→読書ノートの活用と部屋のお掃除!

読書にはメリットがたくさんあります。

これまで「文字を読むの苦手」「本を読むのは時間がかかる」など、読書を敬遠していた方も、ぜひ読書をはじめてみてください!

それでは、最後までお読み下さりありがとうございました。

相手の立場になって考える

こんにちは。

声優アーティストとして精進中!

雪花です。

twitter→@setu_yume

 

今回は、社会人としての経験から考えたことを

書いていきたいと思います。

 

「相手の立場になって考える」

「相手の立場になって考える」ことを目標にあげる人はたくさんいますが、

本当にそれができるようになるのは、相当の努力が必要なのではないかと思います。

こう言っている私も、相手の立場になって考えることができるのか、と言ったら答えは「No」です。

まだまだ、相手のことを思いやり、相手を理解するには未熟です。自分の気持ちばかりが先行してしまいます。

 

しかし、努力はできます。

相手に何か発言する時、行動する時に一呼吸置いて、冷静になってみる。

そして、自身がすることによって、相手はどのように思うのか考えてみる。

それを意識するだけでも、大分違うのではないかと思います。

ただし、これもそう簡単なことではないでしょう。自分の意識を変えるわけですから。

私も苦戦しています。

発言してからの後悔、行動してからの後悔、たくさんあります。

それでも、相手に何かアクションを起こす際には一呼吸置こう、と考える前と後とを比較すると、後悔することが少なくなってきたように思えます。

本当に少しずつではありますが、そう感じています。

自分が変わることによって相手も変わる

相手の立場になって考えるよう、努力をする。

すると、周りの人はどう変化したと思いますか?

私が相手を考えたように、相手も私のことを考えてくれるようになったのです。

そして、相手のことを考えるようになると、彼ら が何か失敗をしてしまったとしても、許せるようになりました。

相手も、私のことを許してくれるようになったのです。

 

実際の職場での経験

私の職場には、Nさんという先輩社員がいます。

その方は、いつもせわしなく働いて、定時になると急いで帰っていきます。

その方は、仕事をする能力的には十分なのですが、ひとつ欠点がありました。

それは、上司から言われたことしかやらない、という点です。

任された仕事があっても、やれと言われた分だけやればいいと考えていて、自分でそれについて考え、工夫して完成させる、ということがないのです。

そのために、私の職場の上司も少し困っていました。

もっと自分で考えてほしい。

これではこの仕事を任せた意味がない。

言われたことをやるだけなら誰にでもできる。

そう言っていました。

その様子を見ていた私は、

「それなら、その仕事は私が手伝おう」

と考え、Nさんの仕事を手助けするようになりました。

これで、Nさんに任せた仕事が滞ることも少なくなるだろう、と思いました。

ところが、私がNさんの仕事に手を出し始めると、Nさんはその仕事について何もしなくなりました。

私に任せっきりで、Nさんの仕事がすべて私のもとにきた、そのような感じでした。

私は困り果て、上司に相談しました。

 

「Nさんが、仕事をしてくれません。すべてを私が引き受けたみたいになっています」

 

すると、上司はこう言いました。

 

「そうね。それは困ったね。でもね、雪花さん、あなたはNさんに仕事の相談をしたことがある?」

 

最初は、上司が何を言っているのかわかりませんでした。

仕事をしない人に、一体何を相談できるといいのだろう。

しかし、ふと、Nさんと私の年齢の差を考えてみました。

Nさんは、私より10歳以上年上です。

そんなNさんが、社会人2年目の私に、実質仕事をすべてとられたら……。

私なら、少し嫌な気持ちがするかもしれない、と思いました。

 

そこで、私は次からNさんに仕事の相談をするようにしました。

すると、Nさんは言いました。

 

「いつもいろいろとやってくれてありがとう。

私も相談したいこと、たくさんあるんだ。

これからは雪花さんに相談するね」

 

その時、Nさんはずっと、一人で仕事を抱えて悩んでいたのだな、と思いました。

さらには、私に仕事をとられたから嫌な思いをしていたということではなく、

仕事を任せっきりであったことを思い悩んでいたこともわかりました。

それからNさんと私は、何かあれば相談し合うようになりました。

 

少しずつ訪れる変化

相手のことを考えて行動するようになると、自身の周りが少しずつ、少しずつ変わっていきました。

いい方向に、いい方向に変わっていくのです。

 

相手の立場になって考えること、相手を思いやることは、そう簡単なことではありません。

それでも、そう努力をすることによって、自分も、そして周りも少しずつ変化していくのです。

私は、これからも「相手の立場になって考える」ことを心に留め、行動していきたいと思います。

 

声優アーティストとして精進中!

雪花

Twitter→@setu_yume

東日本大震災での経験

Twitter:@setu_yume

こんにちは。
【小説×歌×朗読】中心に活動している「SSQuest」の首領・雪花です。

私は、現在東京に住んでいますが、大学生までは宮城県に住んでいました。
就職を機に、東京に引っ越してきたのです。

さて、今「宮城」と聞いて、何が浮かんだでしょうか?

人に「宮城県出身です」と言って、決まって聞かれること。
それは、

「震災は大丈夫だったの?」

そう、東日本大震災についてです。

 

2011年3月11日 東日本大震災

Free-Photos / Pixabay

2011年3月11日。
大きな大きな地震が起き、津波が街を流していきました。

ああ、もうだいぶ経っているのか。
当時のことは、まだ鮮明に覚えています。
もう、何年も前の出来事なのですね。

私は、震災当時、大学の二次試験を翌日に控え、自宅で勉強していました。
母と弟も自宅にいて、父は仕事、兄は埼玉にいました。

「いよいよ明日で勝負が決まる」

そう思い、がりがりと勉強をしていた時、それは起こりました。

ガタガタガタッ!

突然の激しい揺れに、私の体は飛び跳ねました。

「隠れなさいっ!!!」

母親の叫び声が聞こえ、私は急いで机の下に潜りました。
揺れは続き、私はただただ目をつむり、早く終わってと願うだけでした。

ガタン!と何かが落ちる音。
地面が揺れている音。
ガラスが割れる音。

すべてが恐怖でした。

どれくらいの時間が経ったのか、揺れは収まりました。
部屋の中は、とにかくめちゃくちゃで、ものが散乱し、足の踏み場もありませんでした。

母も弟も怪我はなく。お互いの無事を確認し、状況を把握しようと窓から外を見てみました。

すると、自宅の目の前にある大きな川の堤防が決壊していました。

「津波が来るかもしれないから、避難するよ」

母の指示により、私たちは丘の上にある小学校へ向かいました。
途中、道路が地割れを起こしているのを見かけました。

私はその時何を考えていたのか、思い出せません。
なにも、考えられていなかったのでしょう。

 

町をのみ込む津波

EliasSch / Pixabay

丘の上にある小学校に着くと、そこは避難してきた人々で溢れていました。
その中に、私は友人を何人か見つけ、お互いの無事を喜びました。

しかし、近くに住んでいる友人全員がそこにいた訳ではありませんでした。
私は、彼らが無事なのかと思い、胸がきゅっと締まるような感覚を覚えました。

大雪が降りはじめ、体を震わせていた頃、町を見下ろしている人々が多くなっていることに気づきました。

「津波だっ!!」

私も急いで町を見下ろしてみると、波が迫って来る様子が見えました。
私の町は、津波による被害はそこまで大きくなかったのですが、町が波に浸食され、道路に止めていた車が流されていく様子は、とても恐ろしかったものです。

 

本気で「死」を意識した瞬間

Alexas_Fotos / Pixabay

地震により、私が住んでいる地域にある火力発電所が火災を起こしました。
避難した小学校の教室の窓から、轟々と燃え盛る炎が、ずっと視界に入るのです。

発電所が爆発を起こすかもしれないから、とカーテンを閉め、皆で窓から離れた場所に身を寄せました。

カーテン越しに見える炎に、私は

「あ、私、ここで死ぬんだな」

と思いました。

ゆっくりと、死への恐怖を感じ始めた時、ちょうど仕事場から戻ってきた父親と合流することができ、少しほっとしたのか涙が流れました。

その日は、いつ爆発するかわからない火力発電所の炎に震えながら、浅い眠りについたことを覚えています。

 

生きるために

次の日、小学校からの付き合いである親友二人と合流できた私は、彼女たちと食料を求めて町を歩き回りました。

隣の市まで歩くことができたのは、親友たちと一緒だったからでしょう。

「死にたくない」

という思いで、何件もお店を回りました。

町を歩いていくと、水没している道路や、地割れを起こしている道路と遭遇し、また、火事を起こしていた発電所から立ち上る黒い煙が、空を覆っていく様子が見えました。

とても、怖かったです。
それでも、生きるために歩きました。

友人と励まし合いながら、長い時間歩いていました。
やっとの思いで手に入れた水やおにぎりが、とても美味しかった。

 

人との助け合い

StockSnap / Pixabay

震災の経験で、一番実感したのが、人との助け合いが生きるには重要だということです。

震災時、食料が思うように手に入らない中、知らない人同士で手に入った食料を分け合ったり、体調のすぐれない人が暖かくできるように毛布を持ち寄ったりと、助け合う姿があちらこちらで見えました。

もちろん、私や私の家族も、知らない人に助けられ、知らない人にものを分けました。

お互いに感謝しながら、頑張って生きようとする姿は、普段の生活の中ではあまり見られないものでした。

 

震災経験を伝える

震災は、経験してよかっただなんて言えませんが、感じたことに関しては大切にしていこうと今では思えます。

あまり思い出したくもありませんが、それを伝えていく勇気も、必要なのかなと思っています。

そのため、この記事を書こうと思いました。

この記事で、震災の怖さ、人との助け合いの重要さなど……少しでも感じて頂けるものがあればと思っています。

最後までお読み下さりありがとうございました。

Twitter→@setu_yume

私のいじめに対する考え方

こんにちは、声優アーティストの雪花です。

Twitter→@setu_yume

m3u1gyyn

 

いじめによる事件は、後を絶たないですね。

ニュースを見ていると、いじめによる自殺や、いじめがエスカレートし、

被害者が亡くなってしまう事件などが目に飛び込んできて、

その度に何とも言えない気持ちになります。

私のいじめられた経験

0db048322406acb3c631aeeed97e7002_s

 

私もいじめに遭っていた時期があります。

中学生の頃に、バレーボール部の仲間からいじめを受けていました。

陰口、はぶき……。何故こんな目に遭わなければならないのか、と思っていました。

学校って、何だか異様な空間ですよね。

自分たちとは異なる性質を持った子を見つけると、遠ざけたり、拒絶したり……。

私は、大人しめの性格をしていたためか、明るく活発な女の子たちが集まった部活になじめずいました。

特別仲良くしていた子もおらず、一人でいた時間も多かったと思います。

そうしていたら、いつの間にか、いじめの標的になっていました。

恐ろしいもので、それまで、それなりに仲良くしてくれていた子たちも加害者側に回っているのですよね。

何がきっかけだったのかは、今でもわかりませんが、背後から悪口を言われ、

二人一組でするトレーニングではいつも一人で、それに気づいた後輩が手伝ってくれる。

そのような状態になりました。

練習の時にも、ボールだしの部員が、私にだけ故意的に思いっきり強くボールを打ってくることもありました。

そして、それに驚いて避けた私を、みんなが笑うのです。

 

いじめによる傷跡

3231f68395b56cd95d0e73ec3b6e9d31_s

彼女らは、自分がいじめの標的になるのが怖かったのでしょうか。

完全に、私は一人ぼっちでした。

中学生の時の記憶の大半は、その部活内でのことで、「楽しかったな」と思い起こせる事がほとんどありません。

中学生の時の思い出が、ほぼいじめで塗りつぶされているのです。

そして、その頃の心の傷は、今もまだ残っています。

こんなにひどいことって、あるでしょうか?

おかげで、そのいじめられた時からずいぶんな時間が経った今でも「人が怖い」という感覚が抜けきらず、

苦しい思いをした時期もあります。

人の笑い声が、すべて私に向けられているようで怖い。

中学生の頃のいじめっ子たちと似ている、と感じた人には一線引いて近づかない。

学校の中でも外でも、同じでした。

誰かに後ろを歩かれるだけで、自分の動きがおかしくはないか、笑われる要因になっていないか、怖々としていました。

そんな経験をした人たちは、きっと少なくはないことでしょう。

 

周りに助けを求めることもできず、ただひたすら耐える。

それがどんなにつらいことか、きっと、加害者側はその場では気づくことができなかったのでしょう。

 

その時は、加害者側は、ただ楽しんでいただけなのでしょう。

彼らは、被害者側にいじめられる理由を見出し、それを加害者側で共有し、皆でそれをもとに「仲間」になるのです。

 

「敵がいれば一つになれる」?

4554812d04e7fde0b0e9fae2aa3a9987_s

よく聞く言葉ですね。

まさに、私の所属していたバレーボール部ではそれが起こっていたように思います。

 

部活内では、いじめのローテーションが起こっていました。

とても、恐ろしかったですね。加害者と被害者がどんどん入れ替わっていくのですよ。

部活内に、同級生は11人いましたが、期間の差はあれど、全員が一度は被害者になっていたのです。

そして、それまで加害者と被害者だった子たちは、加害者側として団結しているのです。

 

加害者側は、どんどんいじめの標的となる人から、いじめの原因を探し出します。

それをネタにして、周りの人たちと共有し、一緒に楽しもうとします。

 

いじめは仲良くなる手段?

bef502d97bca77abb1cfae9fb32104d5_s

いじめというのは、人と仲良くなるための手段だったのでしょうか。

今思い起こしてみると、そう思います。

しかし、人の悪口で繋がった絆……と呼ぶにはお粗末ですが、それはとても脆い。

私の部活内で起こっていたいじめのローテーションが、まさにそれを表しているでしょう。

 

どうか、人を傷つけるナイフを捨ててください。

そんなものがなくても、人との関係は築いていけるものです。

 

ナイフを捨てるには、とても勇気がいることでしょう。

しかし、そのナイフでできた傷跡で、一生苦しむ人たちがいるのです。

学校内でのことだけではありません。いじめは、大人になってからも起こり得ることです。

 

 

「いじめられる側にも原因はある」?

35c9efcb669c7a8ac7116ccfe5468323_s

「いじめられる側にも原因はある」

という意見はよく聞きますね。本当にそうなのでしょうか?

いいえ、違います。

いじめる側が、いじめられる側から原因を見つけ出しているだけです。

 

いじめられる側の原因を、その人の個性だと、受け入れることはできないでしょうか?

「みんな違って、みんないい」

その言葉を、どうかあなたの心に刻んでください。

 

もちろん、それだけがいじめの要因であるとは言いません。

何かトラブルがあって、それをきっかけに……ということもあります。

しかし、だからいじめていい、ということにはなりません。

その時は、何故そのようなトラブルが起きてしまったのか、一呼吸おいて考えてみてください。

 

また、人を嫌うことは当然ありますが、「嫌い=いじめ」にはなりません。

人を嫌ってもいいです。それはすべての人間にある権利です。

ですが、それを、その人間を排除することに結びつけないでください。

「そういう人もいる」

そう考えることはできないでしょうか?

 

私は、いじめが世界からなくなることを望んでいます。

人と異なる部分は個性であり、尊重すべきことです。

それを誰もが思えるように、そして、人と異なるものを持っている人がそれを誇れるようになったらいいなと思います。

音楽活動を通して伝えたいこと

私の音楽活動を通して伝えたいことの一つが、まさにそれです。

人を傷つけるナイフを捨て、人を認める勇気を持つこと。

それが、生きていくうえでとても大事なことだと思っています。私自身、いじめられた経験から心底そう思っています。

 

何故歌なのか

f00d3ce4b28601d6e6fd7abb381fd123_s

それは、いじめられた経験ゆえに、人間関係に一歩踏み出せなかった私に

人と仲良くなるきっかけをくれたのが音楽だったからです。

 

高校生の時に、私は漫画部に所属していました。

同じ学年の女の子も何人かいましたが、私部活時間内にひたすら絵を描いているだけで、

彼女たちに話しかけることはできませんでした。

勇気がなかったのです。

 

どう思われているのか不安で仕方がありませんでした。

中学生の時のいじめの経験で、私は周りの人たちが笑っている声がとても恐ろしいものに思えましたし、

私の背後に人がいると、私の動きが少しでも変だったら、また悪口を言われるに違いない、という恐怖が

体に染み込んでいました。そのため、同じクラスの子と少し言葉を交わしても、

自分が何か変なことを言っていないか、していないか、そればかりが気になり、体が常に強張ってました。

 

しかし、ある時、部室内で同じ学年の女の子が、Sound HorizonというアーティストのCDを流しました。

その時、私はSound Horizonの「冥王」という曲を初めて聴いたのですが、曲が流れた瞬間、衝撃を受けました。

Sound Horizonは、様々なアーティストや声優を起用して曲を作っている楽団で、

それぞれが曲の世界に登場するキャラクターに扮して歌うという、ミュージカル寄りな楽団です。

アニメやゲームが大好きな私の好みにとても合っていて、その曲へのときめきが止まらず、思わずCDをかけた女の子に

「これって誰の曲?」

と話しかけていました。

すると、彼女は嬉々として、

「Sound Horizonは、物語音楽を歌うアーティストで、アニメ好きにはたまらないと思う!」

と、Sound Horizonについて語りだし、最後にはCDを貸してくれました。

それをきっかけに、彼女とSound Horizonについて話すようになり、ほかのことについても仲良く話すようになり……

そして、一緒にカラオケにいくようになりました。

音楽が与えてくれたきっかけ

dd07a5438854f45c1f30803ecf26baea_s

実は、それまで、私は音楽に興味がありませんでした。

合唱は好きでしたが、有名なアーティスト……例えば浜崎あゆみすら知らないくらい、音楽には疎かったです。

しかし、たまたま聴いたSound Horizonの曲をきっかけに、私は音楽に興味を持ち、

ポルノグラフィティやBUMP OF CHICKENなどを聴くようになりました。

 

すると、クラスの子たちとお話するきっかけができるようになりました。

「あのアーティストが好き」

「この曲がとても格好いい」

といった話に混ざっていくことができるようになり、周りも私に話を振ってくれるようになりました。

そこから仲良くなった友人から、アニメやボーカロイドを教えてもらい、さらに幅が広がりました。

その時に、音楽は、人と人が繋がるきっかけを与えてくれる、と思いました。

それはとても大きな力です。

そして、私はその力に強烈に憧れるようになりました。

私も、私と同じような経験をした人たちに、こうして人と繋がれる力を与えられるようになりたいと思うようになりました。

少しでも、誰かが人と繋がる勇気を持てるように、誰かの背中をそっと押せるようになれたら、と思います。

m3u1gyyn

声優アーティストとして日々精進中!

Twitter→@setu_yume

「ピンチはチャンス」?

こんにちは。声優アーティストを目指す雪花です!

Twitter→@setu_yumem3u1gyyn

 

 

皆さん、「ピンチは成長のチャンスだ」という言葉ってよく聞きますよね?

以前、Twitterを眺めていたら、こんな言葉を見つけました。

 

「ピンチは成長のチャンスということは、成長の機会はピンチが来なければ無くて、

『人生(成長)は運任せ』ということではないか」

 

皆さんは「人生(成長)は運任せ」であるということにどういう気持ちを抱きますか?

私は、そのTwitterでの意見は、正直、私は「うーん……」という感じでした。

 

「人生(成長)は運任せ」とおっしゃっている方は、「ピンチ」を

「日常ではほとんど起こらないイレギュラーな出来事」とみているのだと思います。

 

確かに、その「日常ではほとんど起こらないイレギュラーな出来事」を越えることができたなら、成長はできると思うのです。

 

ピンチは日常的ではない出来事だけ?

ピンチというものは、日常的ではない出来事のみに限られるものなのでしょうか?

それがなければ、人は成長ができないのでしょうか?

 

いいえ、違います。

私たちは、生活していく中で何度もピンチを経験し、成長の機会を得ているはずです。

 

例えば、友人と約束していた時間に遅れてしまいそうになること。

これは、些細なことかもしれませんが、ピンチであると言えるでしょう。

もし、約束の時間に遅れてしまえば、友人からの信頼を失ってしまいます。

遅れてしまうことは、自分に責任があります。

では、それからどうすれば良いでしょうか。

まず、友人に遅れると連絡を入れます。

そして、次からは余裕をもって出かける準備をするようにします。

あるいは、約束の時間から逆算して、出発する時間を考えるようになります。

これは、成長であると言えます。

そして、それは友人との約束のみならず、ほかのことにも必要な能力です。

 

つまり、「友人との約束の時間に遅刻しそう」になったことは、その人にとって成長する機会だったのです。

 

要は考え方の問題。これに尽きると思うのですよね。

いかなる出来事も、ものの考えようによっては成長の糧となります。

逆に、成長できるチャンスがあったとしても、考え方によっては何も成長できないまま終わってしまいます。

だから、「ピンチは成長のチャンスだ」というのは、成長するための大切な考え方の一つですよね。

 

ピンチを前向きに捉える

ところで、人生の中で訪れるピンチというものを、過度にマイナスに捉えてしまう人もいます。

例えば、「ピンチだ……ああ、どうしよう」という気持ちになる人もいます。 

 

「ピンチは成長のチャンスだ」と考える人と、このようにネガティブに捉える人、

どちらが成長できると思いますか?

私は前者だと思います。

あらゆる出来事を、前向きに捉える方が成長できますよね。

自分でその出来事に意味を見出すわけですから。

 

別に、後ろ向きになることを批判しているわけではありません。

むしろ、何か問題が起きてしまったときに、ネガティブな反応をしてしまうことは人として当然のことでしょう。

何かをやらかしてしまった。自分の能力以上の問題が起きてしまった。

そんなときに、何でもポジティブに考えることは難しいと思います。

 

私も、このようなことを言っていますが、特別ポジティブな人間というわけでもありません。

周りから「雪花ってポジティブだよね」と言われますが、実はとってもネガティブ人間です。笑

 

例えば、私は何でもかんでも自分とマイナスに結びつけてしまう癖があります。

Twitterで、知人が誰かを批判す る発言があると、「ああ、これは私のことを言っているんだ。」

 と思ってしまいます。

自分の行動や発言が、他者に不快な思いをさせてしまったり、傷付けてしまったりすることがとても怖いのです。

しかし、考えなしに発言してしまう癖もあり、発言をしてから後悔する……そんなことの繰り返しでした。

そんな自分が大嫌いで、自分を責め、その場から一歩も動けなくなり、それが苦しくなって他者に責任を押し付けようとしたこともあります。

「あれは私だけが悪かったんじゃない。だってあの人がああだったから……」というように。

そして、またそんな自分が嫌になり自身を責め続けます。

前を向く、なんてことは少しもできていませんでした。

その結果、私は気分がずっと落ち込んだ状態になるうつ病 になりました。

うつ病になったのは今年の3月ごろで、現在も闘病中です。

うつ病と判明したばかりの私は、気分が浮上することがなくなりました。

ずっと落ち込み、ふさぎ込み、それまで楽しいと思っていたこと が楽しいとは思えなくなりました 。

私は歌やハンドメイド、ゲームなど、様々な活動や趣味を持っていましたが、それらがすべて楽しいとは思えませんでした。

それどころか、何かを感じることすらなくなりました。

体が鉛のように重い。そのような感じでした。

 

そんな時に、「ピンチは成長のチャンスだ」と言われても

「いや、それができないからこうなってるんだよ」と、ふざけるなーと思っていましたね。笑

それを考えられる人は結果として成長できただけで、どうせ結果論なのだと。

ひねくれていましたね。今思うと。

 

さて、そんな状態だった私も、今では普通に生活ができています。

お薬のおかげもありますが、考え方が変わったおかげでもあると思います。

 

私はうつ病になったことをきっかけに、いろいろな出来事に対してポジティブな考え方ができるようになりました。

では、どのように考え方を変えることができたのか?

 

すべての物事にはプラスの意味がある

私は、薬の力で病状が軽くなってきた頃、周りに勧められ、様々な本を読みました。

自分を変える習慣や考え方、タイムマネジメントについて等……。

そのような本を読んでいると、いかに自分がネガティブな考え方をしていたのかがわかりました。

感情を生むのは、すべて自分の思い込み(信念)から。

だから、その思い込みをプラスに変えよう。

ということを産業能率大学のアサーションスキルに関するテキスト で見つけました。

その本には、「負の思い込み」にどのようなものがあるのか、いくつも紹介していました。

すると、見事なまでに私のネガティブな考え方と一致していました。

「うわー……」と自分に引くくらいでした。

それはうつ病にもなるよね、と思いました。笑

しかし、それなら考え方を変えることができれば、この状態から抜け出せるんだ!と思いました。

ぱあっと光が差し込んだ感じでした。

そして、今では「すべての物事にはプラスの意味がある」と考えるようになりました。

すると、私をうつ病にまで追い詰めたすべての出来事が、今の自分を成長に導いてくれたように思えました。

だからこそ、これからピンチが訪れたときも、

「この出来事は、自分を成長に導いてくれるのだ」

と考え、それを無駄にしないようにしよう、と思ったのです。

 

「すべての物事にはプラスの意味がある」と思い込むと、人間は強いですね。

 

非日常的な大ピンチではなく、小さなピンチであっても、そこにプラスの意味を見つけましょう。

すると、そのピンチに対する恐怖は薄れ、前へ進もうと動き出せると思います。

 

「ピンチは成長のチャンス」

それは、「成長は運任せ」ということではありません。「ピンチは成長のチャンス」であるという思い込みを持つことによって、そこに意味を見出す……まさに成長のチャンスを与えてくれる魔法の言葉だと、私は思います。

m3u1gyyn

声優アーティストを目指して日々精進中!雪花

Twitter→@setu_yume