東日本大震災での経験

Twitter:@setu_yume

こんにちは。
【小説×歌×朗読】中心に活動している「SSQuest」の首領・雪花です。

私は、現在東京に住んでいますが、大学生までは宮城県に住んでいました。
就職を機に、東京に引っ越してきたのです。

さて、今「宮城」と聞いて、何が浮かんだでしょうか?

人に「宮城県出身です」と言って、決まって聞かれること。
それは、

「震災は大丈夫だったの?」

そう、東日本大震災についてです。

 

2011年3月11日 東日本大震災

Free-Photos / Pixabay

2011年3月11日。
大きな大きな地震が起き、津波が街を流していきました。

ああ、もうだいぶ経っているのか。
当時のことは、まだ鮮明に覚えています。
もう、何年も前の出来事なのですね。

私は、震災当時、大学の二次試験を翌日に控え、自宅で勉強していました。
母と弟も自宅にいて、父は仕事、兄は埼玉にいました。

「いよいよ明日で勝負が決まる」

そう思い、がりがりと勉強をしていた時、それは起こりました。

ガタガタガタッ!

突然の激しい揺れに、私の体は飛び跳ねました。

「隠れなさいっ!!!」

母親の叫び声が聞こえ、私は急いで机の下に潜りました。
揺れは続き、私はただただ目をつむり、早く終わってと願うだけでした。

ガタン!と何かが落ちる音。
地面が揺れている音。
ガラスが割れる音。

すべてが恐怖でした。

どれくらいの時間が経ったのか、揺れは収まりました。
部屋の中は、とにかくめちゃくちゃで、ものが散乱し、足の踏み場もありませんでした。

母も弟も怪我はなく。お互いの無事を確認し、状況を把握しようと窓から外を見てみました。

すると、自宅の目の前にある大きな川の堤防が決壊していました。

「津波が来るかもしれないから、避難するよ」

母の指示により、私たちは丘の上にある小学校へ向かいました。
途中、道路が地割れを起こしているのを見かけました。

私はその時何を考えていたのか、思い出せません。
なにも、考えられていなかったのでしょう。

 

町をのみ込む津波

EliasSch / Pixabay

丘の上にある小学校に着くと、そこは避難してきた人々で溢れていました。
その中に、私は友人を何人か見つけ、お互いの無事を喜びました。

しかし、近くに住んでいる友人全員がそこにいた訳ではありませんでした。
私は、彼らが無事なのかと思い、胸がきゅっと締まるような感覚を覚えました。

大雪が降りはじめ、体を震わせていた頃、町を見下ろしている人々が多くなっていることに気づきました。

「津波だっ!!」

私も急いで町を見下ろしてみると、波が迫って来る様子が見えました。
私の町は、津波による被害はそこまで大きくなかったのですが、町が波に浸食され、道路に止めていた車が流されていく様子は、とても恐ろしかったものです。

 

本気で「死」を意識した瞬間

Alexas_Fotos / Pixabay

地震により、私が住んでいる地域にある火力発電所が火災を起こしました。
避難した小学校の教室の窓から、轟々と燃え盛る炎が、ずっと視界に入るのです。

発電所が爆発を起こすかもしれないから、とカーテンを閉め、皆で窓から離れた場所に身を寄せました。

カーテン越しに見える炎に、私は

「あ、私、ここで死ぬんだな」

と思いました。

ゆっくりと、死への恐怖を感じ始めた時、ちょうど仕事場から戻ってきた父親と合流することができ、少しほっとしたのか涙が流れました。

その日は、いつ爆発するかわからない火力発電所の炎に震えながら、浅い眠りについたことを覚えています。

 

生きるために

次の日、小学校からの付き合いである親友二人と合流できた私は、彼女たちと食料を求めて町を歩き回りました。

隣の市まで歩くことができたのは、親友たちと一緒だったからでしょう。

「死にたくない」

という思いで、何件もお店を回りました。

町を歩いていくと、水没している道路や、地割れを起こしている道路と遭遇し、また、火事を起こしていた発電所から立ち上る黒い煙が、空を覆っていく様子が見えました。

とても、怖かったです。
それでも、生きるために歩きました。

友人と励まし合いながら、長い時間歩いていました。
やっとの思いで手に入れた水やおにぎりが、とても美味しかった。

 

人との助け合い

StockSnap / Pixabay

震災の経験で、一番実感したのが、人との助け合いが生きるには重要だということです。

震災時、食料が思うように手に入らない中、知らない人同士で手に入った食料を分け合ったり、体調のすぐれない人が暖かくできるように毛布を持ち寄ったりと、助け合う姿があちらこちらで見えました。

もちろん、私や私の家族も、知らない人に助けられ、知らない人にものを分けました。

お互いに感謝しながら、頑張って生きようとする姿は、普段の生活の中ではあまり見られないものでした。

 

震災経験を伝える

震災は、経験してよかっただなんて言えませんが、感じたことに関しては大切にしていこうと今では思えます。

あまり思い出したくもありませんが、それを伝えていく勇気も、必要なのかなと思っています。

そのため、この記事を書こうと思いました。

この記事で、震災の怖さ、人との助け合いの重要さなど……少しでも感じて頂けるものがあればと思っています。

最後までお読み下さりありがとうございました。

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Posted by 雪花